琥珀糖





平成の二十九年八月さいごのひ、アトリエ劇研が閉館してしまった。アトリエ劇研と名前が変わってしまってから、ここに居たことがあっただろうか、アートスペース無門館だった頃、そこに居たのも、それほど多くはなかったように思う。おそらく30年くらいそこに居なかったわけなのに、なんだか急に何もない空間から離れがたい気持ちになってしまった。不思議だった。しかし、そこは、何もない空間というには、人がたくさん居たし、わたしと同じ様に離れがたい気持ちになっていたのかいなかったのかわからないけれど、座わりこんだ場所からひとつも動かないでいたり、黙っていたり、写真を撮っていたり、喋っていたり、とてもとても何もない空間のようには見えなかった。
1984と2017の数字、これだけは過去のすべてを静かに消し去ろうとしている、そんなようだった。
アートスペース無門館で観たものの記憶がきれいさっぱり消されてしまった原因をわたしは自覚している。それが原因で、わたしはアトリエ劇研から遠ざかっていたのだ。その原因は、いまだにわたしの脳のなかにきれいな映像として残っているのもわかっているし、そのとき感じた心臓の奥の灰色のモヤモヤも思い出せる。
アトリエ劇研は閉館してしまい、新しいところへ向かっていこうとしているのに、わたしはまだどこにも行っていないように思えて辛くなった。30年くらい前、傷を負った場所にあったブラジルのバールがまだあって驚いた。しかし、そこにあって欲しくなかったな。いつまでも変わらないわたしのように、まるで姿見をみるようで嫌になった。
もう二度と居ることもないだろう場所なのに、地図に☆印をつけ、わたしは少しだけ気持ちが安らいだのであった。