アウステルリッツ



アウステルリッツ』WGゼーバルト/鈴木仁子・訳

今にして思えば、とアウステルリッツは語った。私は時間が過ぎなければよい、過ぎなければよかった、と願っていたのです、時間を遡って時のはじまる前までいけたらいいのに、すべてがかつてあったとおりならばいいのに、と。もっと正確に言うなら、私はあらゆる刹那が同時に併存してほしいと願っていました、歴史に語られることは真実なんかでなく、出来事はまだ起こっておらず、私たちがそれを考えたその瞬間にはじめて起こるのであってほしい。もちろんそうなれば、永遠の悲惨と果てのない苦痛という、絶望的な側面も口を開けてしまうのですが。(99頁)